ミュージシャンは幸せじゃなかった

「恋」のことの論文や本を書く事になったら、どのようなことを書く?「ドラマ」の成り立ちなんかだろうか。それとも、個人的な視点からくる意見だろうか。

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余裕で口笛を吹く友人と履きつぶした靴

珍しく情緒不安定な状態に浸ってしまい、何も切なくなった。
これといった理由はなく、なぜか悲しくなったり、今までの事が無駄に思えたりした。
そんな精神状態で、外に出る仕事が舞い込んだ。
中身は年に一回の野外催しで大手の案件だった。
このままではいけないと思い切り替えて集中しているうちにいつもの軽い気分戻ってきた。
後で思うと不安定なとき、外に出て陽の光を浴びたりしなかったと思う。
夜間はさけて外に出るのも健康の一つかもしれないと思った。

前のめりで体操する先生と枯れた森
一度も行ったことはない、だけど、日が暮れての動物園は、夜に動く習性の動物がとても活発に動いていて観察していて楽しいらしい。
興味はあっても、暗くなってからの動物園は見に行ったことがないけれど、子供がもう少し理解できるようになったら見に行ってみようと思う。
もう少し夜もおきていれるようになったら、きっと、子供も楽しんでくれると思うから。
通常の動物園と異なった様相を妻も自分も少しは味わってみたい。

涼しい週末の午前に座ったままで

季節の中で、梅雨の時期がなぜか好きだ。
部屋の中は湿度が上がり出かければ雨に濡れるけど。
一つの理由として、幼いころに、梅雨に見られるアジサイが美しく、それ以来この花が咲くのを楽しみに待っている。
長崎で付き合っていた、シーボルトとお瀧さんの紫陽花逢瀬を知っているだろうか。
オランダ人に紛れ込んで上陸した、ドイツ人のシーボルトが、紫陽花を見て「お瀧さんにそっくりな花だ」と言う。
この時期に可憐に咲く紫陽花を目にして何度も、お瀧さん、お瀧さんと口走った。
それが変化して、紫陽花はオタクサと別の名を持つようになったという。

雲が多い週末の夜明けは冷酒を
仲のいい子と1時に計画をしていた。
いつもの駅のいつも通りの大きな画面の前。
待っていると、30分くらい遅刻するとメールがきた。
巨大なテレビの前はみんなの集合場所なので、人々は次々にどこかへいってしまう。
ipodで音楽を聴きながら、人の流れを眺めていた。
でもあまりにもくたびれてそばの喫茶店に入り、オレンジジュースを飲んでいた。
その後、友人がごめんね!と言いながらやってきた。
今日のお昼は?と聞くと、パスタにしようと言った。
ホットペッパーを見てみたけれど、どこが良いのか探せなかった。

息もつかさず話す君とオレ

自分の子供とのふれあいをとればとるほど、子供はすごくなじんでくれる。
一歳までは、会社の仕事がたいそう多忙で、コミュニケーションをとることが少なかったため、まれに抱っこしても泣かれていた。
実の親なんだけどとつらい思いだったが、会社の仕事が激務だからと見切らずに、毎週、休みの日に散歩に連れていくらようにした、抱えても、お風呂でも泣かれないようになった。
今日この頃、朝、家を出る時、俺が行くことが寂しくて涙を流してくれるのがほほがゆるむ。

風の無い週末の夕方は食事を
昔から肉をそこまで食べられないので、おかずはあたりまえに魚類が中心になる。
そのことから、この季節の、土用丑の日の鰻は、大きなイベントごとだ。
東の方でウナギを開くときには、背開きという習わしがある。
なんでかと言うと、かつて武士社会なので、腹開きだと切腹に通じてしまいタブーなため。
もう一方で、関西で開かれる鰻には、腹開きの事が普通。
というのも、関西は商売の場所なので腹を割って話そうという事に由来するから。
しかし、自腹を切るの取り方も通じるので、場所によってはタブーの時も。
というのも、関西は商売の場所なので腹を割って話そうという事に由来するから。
しかし、自腹を切るの取り方も通じるので、場所によってはタブーの時も。
この雑学は、バス会社で働いていた時に、常に、お客さんにしゃべっていたお話です。
都内から乗り込みして、静岡県の沼津のうなぎを食べるために行くという目的。

雹が降った金曜の晩は微笑んで

宿泊に行きたくて思い焦がれていた地域、と言うのは静岡の真鶴。
初めて知ったのは真鶴という川上弘美さんの作品。
今でも、私の未完成な頭では、いまだに深い感心はできない。
でも、本の中の真鶴地方の雰囲気が大好きで、まだ見ぬ真鶴に憧れを抱いていた。
静岡県熱海市と、神奈川県との中間にあるここ。
先が真鶴岬。
真鶴岬の先、海から頭を出しているのは、三ツ岩という大きな石3つ。
真ん中の石の上には鳥居としめ縄があって干潮になると歩いて向かえる。
思いかなって、実際の景色を観光することができた。
私のデジカメの中身は真鶴の景色がたくさん。
ホテルのおばさんにまた来たいと言うと、喜んでくれた。

気分良く叫ぶ先生と夕立
知佳ちゃんが、アパートのベランダにて、トマトを作っている。
実ったらサラダを作る予定だという。
実際、あまり水をあげないし、すぐそばでタバコをふかすので、トマトの生活環境はぜんぜん良くない。
丸1日、水をあげてないという時期の、トマトの様子は、葉がだらりとしていて、まさにガッカリしている姿に似ている。
可哀想だったので、水と肥料を多くあたえると、あくる日の早朝のトマトは何事もなかったように復活していた。

天気の良い日曜の夜明けは読書を

このごろ、小説をぜんぜん読まなくなった。
30前の時は、ほぼ毎日読んでいたけれど、ここのところ、仕事があるし、時間をつくりにくい。
時間があっても、ゆっくりと好きな小説をじっくり読むという気持ちになかなかなりにくいので、読んでいてもおもしろく感じられない。
だけれど、ものすごくはまってしまう小説に10年ぶりに出会いたい。
村上春樹さんや村上龍さんの小説がかなり好きだから、二人が新人賞をとった群像文学新人賞が自分の好みのものがあるかと思って読んでみることが多いが、二人のようにがつんとくるものはなかなかない。
しかし、次世代の輝いている若手がいないかと気にかかるからまた読んでみたい。
ただ、純文学なのだからと無理に分かりにくい言葉を使っているけれど中身が伝わりにくいものも多いから残念だ。

涼しい平日の朝はお菓子作り
太宰治の、「斜陽」は、絶え間なく読みたくなると思う。
戦前は良い所の娘だったかず子が、根強くて負けない女になっていく。
読んでいて立派だと思ってしまった自分。
これくらい、誰にも負けない気の強さと、意見を押し通す自我が終戦後は必要不可欠であったんだと思う。
分かるけれど、不倫相手の作家の奥さんからしたら大迷惑だろうと思う。

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